原動力になる言葉「まじヤバい」

昨日は息子の塾の面談( ZOOM)でした。
今の状況と、受験に向けての課題を先生と共有していました。

その中で良かった言葉。

「本人が意識することが一番の課題意識になります。我々はそこを支えていきましょう」

彼の今の課題は3つ。

読解に時間をかけて、記述の時間が足りなくなること。
漢字のミスで減点が出ること。
こだわりだすと時間配分ができなくなること。

本人はわかっちゃいるけど、読解に時間をかけたいし、漢字のミスなんて気にしてないし、点数をとるより問題に集中したいと思っているようです。

これって、大人がああせいこうせいと言っても、多分、響かないと思うんですよ。

彼がやりたいのは、問題にじっくり取り組むことで、大人に言われた通りに問題を解くことじゃないから。

本人が「このままじゃヤバい」と感じて「変わらなきゃ」と思った時に彼は変わると思う。

私たちは自分がやりたいと思うことと、やっていることがズレていることが多い。

ダイエットしたいのに、好きなもの食べるし。
英語を話したいと思っても、勉強をしない。
リハビリしたいと言っても、寝て過ごしてる。

これって本当に「まじヤバい」になってないからなんですよね。

そうだったらいいな、くらいでは人は行動を変えられない。

「まじヤバい」を実感した時に、人は変わっていく。

それを実感しやすいように、目標を再確認したり、現状を把握させたり。周りのができることもあるけれど

それをどう受け止めて、どう行動するかは、結局本人の問題。

馬を水場に連れていくことはできるけれど、水を飲ませることはできない

これを単なる諦めの言葉と受け取る人もいるけれど。

自分のなかの動機付けの大切さと、他人が過剰にコントロールする無意味さを表しているんじゃないかな。

「まじヤバい」

これが全てのスタート地点だと、思っています。

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